言葉というのは呪いだ

言葉というのは呪いであると思う。

例えば、約束だ。「今日は7時に待ち合わせ」という約束をしたら、それに合わせて行動する。これは人によるのかもしれないが、私にとってはその日一日を支配する呪いである。

いい言葉であっても、呪いになることがある。

例えば、別れた恋人からの言葉。私は手紙を書くことが好きだ。文章も好きだ。彼とも昔、手紙の交換をしたことがある。1年後の自分たちへ向けて、お互いに手紙を書いた。皮肉なことに、1年が経つ1か月前頃、私たちは別れることになった。

しかし、手紙は届く。「読むなよ」と思われるかもしれないが、私は読んでいた。そこには私の欲しい言葉が全部並べられていた。素敵なラブレターだった。今でも落ち込んだ時に開く。元気をくれる呪い。

現実ではもう終わっているけれど、心の中では今も生きている言葉たちだ。一緒に人生を歩み続ける呪いである。

一方で、悪い呪いももちろんある。

私には父がいない。ある人に言われた言葉が今でも忘れられない。

「君は父親がいないから、男性から愛されたことがないから分からないんだよ。だから一人ぼっちでかわいそうだと思われるんだ。そして、自分から誰かが去っていくのが怖いんだよ。」

とも言われた。

思い出すというのは、その人の言う通りなのかもしれない。はたまた、その言葉に脳が支配されているだけなのかもしれない。

ネガティブなことはポジティブなことよりも心に残り、ときにずっと忘れることができないものだ。「ネガティブ・バイアス」というものだそう。

だからこそ、言葉には責任があると思う。何気なく発した一言が、誰かの人生を長く支配することもある。反対に、誰かを救うこともある。

言葉は呪いであり、救いでもある。

私は言葉に責任を持ち、素敵な呪いをかけられる人になりたい。