矛盾の中で、生きる

最近、ふと思ったことをツラツラと書く。

忘れたくないほどきらきらしていた思い出も、少しずつ薄れていく。
そのうち、忘れたくなかったことまで忘れてしまうのかもと。

記憶の中で、特別だった誰かや何かが、ただの「過去の存在」になってしまう。

忘れたくないと思っても、忘れてしまう。
あのとき抱いていた気持ちも、どうしようもなく苦しかった感情も、どこにもぶつけられなかった想いさえも、あの瞬間のまま残しておくことはできない。

それは、とても悲しいことだと思う。

思い出は少しずつ曖昧になり、自分にとって都合のいい形へと姿を変えていく。

なんて都合がいいのだろう。
そして、なんて悲しくて空虚なのだろう。


大人になるにつれて、人との付き合い方が難しくなった、と感じた。

経験を重ねるほど、人を知り、自分を知り、慎重になる。

人間は理性を持つと、どうしてこんなにも寂しくなるのだろうか。

感情のままに動くことが少しずつできなくなっていく。

きっと人生の中で、出会う人にはそれぞれ意味がある。
その人は何かを私に伝えるために現れた存在だったのかもしれない。

だけど、その「学び」が増えるほど、生き方は不思議と狭くなっていく気がする。

ふと、自分が歩いている道は本当に合っているのだろうかと考えることがある。

正しい道なんて、本当はない。

それでも、自分は前に進めているのだろうか。
それとも、ただ足踏みをしているだけなのだろうか。
もしかしたら、少し後戻りしているのかもしれない。

私は昔から、早く大人になりたいと思っていた。
今でも、その気持ちは変わらない。

だけど最近は、ときどき思う。

私は、生き急いでいるのではないか、と。

いつか「あの頃は、その年齢らしく過ごしておけばよかった」と思う日が来るのかもしれない。

それでも、きっと私は今と同じように生きるのだろう。


苦しいけど、楽しい。楽しいけど、苦しい。

どちらが正解なのだろうか。


私は、自分に嘘をつきたくない。

曖昧なままでいることを、美しいとも、かっこいいとも思わない。

だからこそ、この世界の矛盾に戸惑う。

人生は、行ったり来たりの繰り返しだと最近すごく感じた。

人は一日に約3万5000回もの選択や決断をしていると言われている。

その中の、たった一つの選択。

「あれでよかったのだろうか。」

そう考える瞬間は、この先も何度も訪れるのだと思う。

あの決断でよかった、と口では言えても、心のどこかで「もし違う道を選んでいたら」と考える日もある。

それでも、明日は必ずやってくる。

だから今日がある。

そして、今この瞬間が、これからの人生でいちばん若い自分だ。

時間は待ってくれない。

そんな中で、私は何ができるだろう。

何を選び、何を大切にして生きていけばいいのだろうか。